福岡君とのことは僕にとってショックだった。
僕は、教会ではうまくやれるようになったし、神谷先生の再来とまで言われて自信を持つようになっていた。
あれほど僕を悩ませた性的な妄想もぴたりとなくなっていた。
僕は愛に満ちた清い存在になったような気がしていた。
けれど、外の世界、と言っても高校のことだが、僕は自信が持てなくなった。
さらに、輪をかけるようなことが起こった。
高2の時に、僕は図書委員をしていたが、同じく図書委員をしていた松沢さんという女の子と付き合うことになった。
なんでそんなことになったのかは全くわからない。僕は自分がクリスチャンだということは公言していたし、彼女は彼女でキリスト教には全く興味がなさそうだった。
彼女はリスのように愛らしい容姿をしていたが、小柄なのにスタイルが良く、ピンとはったブルーのワイシャツの胸に、僕は目のやり場にいつも困っていた。何だか逆らえないような、コケティッシュな魅力があった。
親しくしていた司書の女性の先生は、「佐藤君には松沢さんは合わないなあ」と言われたのを覚えている。
けれど、神の愛の人になったはずの僕も、いつの間にか彼女に夢中になっていた。
夏休みのある日、文化祭の準備で僕も彼女も登校日になっていた。
校門のところで3時に待ち合わせをしていた。
僕のクラスの準備は延々と続いて、到底、3時には終わりそうになかった。
僕は大道具を作る係になっていた。腕時計をチラチラ見るが、誰もそんな僕に気づかない。
『もうあと10分で3時だ』
僕は、思い切って、同じ係の藤沢さんに声をかけた。
藤沢さんは、かなり背の高い女の子で、クラスで浮いていた僕にも優しくしてくれていた。
「あの、ちょっと用事があるんだけど、帰っても大丈夫かな?」
用事には違いないが、それが彼女とのデートだと知ったら、どう思うだろう。ダメならダメと言ってくれと、僕はそう思った。
「いいよ、私が佐藤君の分もやっておくから、気にしないで」
人のいい笑顔でそう言ってくる。
「そうか、ありがとう」
僕は、何だかとても悪いことをしている気がした、藤沢さんにも神様にも。
けれど、松沢さんを待たせるわけにはいかない。
僕は、校門のところに急いだ、彼女はまだ来ていない。
それから、10分、20分、30分…と待ち続けた。
彼女は来ない。
3時過ぎとは言え、夏の日差しはじりじりと暑く、肌に照りつける。
ようやく、松沢さんが校舎の陰からひょっこり現れた。
「待った?」
「ううん、今、来たところ」
その瞬間、上の方から「あっ」という声が聞こえた。
見上げると、藤沢さんが窓を開けて、僕たちを見下ろしていた。
「どうしたの?行こうよ、優君」
松沢さんは、手を差し出す。手を握ると、彼女の手はヒヤリと冷たかった。