無意識さんとともに

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お金から見放される快感

この前のFAPの練習で、FAPをしていただいて、また不思議なイメージが出てきた。

いただいた主軸コードは、「お金から見放される快感」だった。

小さい頃から、よくお金持ちのお坊ちゃんに間違えられた。けれども、生まれた時だけは裕福だったらしいが、それから後は一度もお金持ちだったことはない。

生まれた時はそうだったためかどうか、幼いわたしは自分の大切なおもちゃでも何でも、人にあげてしまう子供だった。

そうして、家が貧しくなっても、その性格は変わらなかった。もしかしたら、最近でもそうだったのかもしれない。

ひとつには、そうやって、人に大切なものをあげてしまうことで、代わりに相手の愛情を求めている。けれども、与えれば与えるほど、相手に疎んじられる。

もうひとつは、お金というものを汚いものと思っていて、入ってきたお金は汚らわしいからすぐ浸かってしまわなければ気が済まないし、ましてやお金儲けなどしたくない。

結果、ただであるいはわずかな対価で配るのは、大切なもの、時間、お金、能力、果ては自分自身である、それらを配って、人の愛情や尊敬を求めるが、自分を大安売りしている人に何かをもらってもそれが貴重なものだと思う人などいないだろう。

心の中で、主軸コードを唱えているうちに、私はござを敷いて、何と、自分のお金を売っている!という変なヴィジョンが出てきた。

私がお金を売っていると、人々が私のお金を買いにくる。

そうして、私のお金を買って、人々が支払うのは、ただの黒い石ころである。

そうすると、私は後生大事に、その石ころを金庫にしまう。

ところが、ある人(もうひとりの私、無意識さん?)がやってきて、金庫のダイヤルを回し、あっさりと金庫を開けて、言う。

「こんな石ころ、いらんやろ」

そして、どこかわからないが、今までためていた私の石ころを全部捨ててしまった。

私は、まるで自分の子どもが捨てられてしまったように、動揺する。

動揺する私を見て、もうひとりの私はちょっとかわいそうに思ったのか、言い放つ。

「そんなに石ころが欲しいなら、ほれ、お前さんの中にあるやろ」

私は呆然と立ち尽くしていたが、自分の内側の深いところ(深淵)を坑夫のように掘って探ってみると、何かの鉱脈があり、つるはしで取り出してみると、次から次へとダイヤモンドやアメジスト、エメラルド、サファイヤなどの原石が出てくる。

私は小さな子どものように、今取り出したばかりの原石を太陽にかざして、そのきらめきを楽しんでいる。

「単純なやっちゃな、でもそれでいいんや」
もうひとりの私は愉快そうに笑う。

どうやら、お金を汚いと思って、自分をバーゲンセールしてお金から見放される快感から解放されたようだ。