無意識さんとともに

https://stand.fm/channels/62a48c250984f586c2626e10

ハコミセラピー4〜催眠との違い

2日目はハコミのデモセッション。
生でハコミの対面セッションを見るのは初めてだった。

午前に1セッション、午後に2セッション見た。

まるで、ミルトン・エリクソンがセッションしているのを見るようだった。

エリクソンはクライアントの表情やしぐさ、姿勢、言葉の抑揚などを観察してトランスを喚起していき言葉でクライアントを導いていく。

ハコミでは同じくクライアントの表情や仕草、姿勢、言葉の抑揚などをトラッキングしてマインドフルネスを用いてクライアントについていく。

 

ただ、上記に書いたように、エリクソンとハコミでは違いがある。
エリクソンは、クライアントと同調して出てきたものであっても、セラピストがクライアントを目的地に導いていく。
ハコミでは、クライアント自身から出てくるものに信頼し切って、セラピストはクライアントについていく。

どちらも、クライアントのリソースを用いるのだが、エリクソニアン催眠とハコミでは、主体が違うようだ。

だから、ハコミはエリクソニアン催眠よりはるかに非暴力的で、クライアントのペースにあったもののように思われる。

それは、エリクソニアン催眠におけるトランスとハコミにおけるマインドフルネスの性格の違いにも出ている。

トランスに入ってしまうと、クライアントは意識は低下し、無意識状態になり、主体的には何もできない。もちろん、トランス状態だからと言ってなすがままというのではなく、抵抗も起きるし、エリクソニアンではその抵抗を回避するために、直接暗示ではなく、「~するかもしれません」「~することもできる」などと間接暗示を使う。そこに、クライアントの選択があるとも言えるが、それはあくまで誘導された選択とも言える。

対してマインドフルネスでは、無意識が立ち現れるとは言え、クライアントの意識も共存しているから、クライアントは主体的に選択したり、気づいたりすることができる。

そして、セラピストがクライアントの無意識に働きかけるのをクライアントの意識は目撃することができるし、あるいは、クライアントの意識が自分の無意識に働きかけることもできる。

もちろん、これはどちらがいい悪いということではなく、どちらがクライアントのタイプや状態に合っているかということもあるのだろう。

一つ目のセッションは、まさに集中治療室のような感じだった。
ただの集中治療室というのではなく、誤解を恐れずに言葉を使えば、愛の集中治療室なのかもしれない。

実験をし、途中、2人のアシスタントの方に背中に手を置いてもらってまた言葉がけをしてテイクオーバー(肩代わり)をするのだが、最後には、本人の許可をとり、希望を聞いて、多くの人が手を当て言葉がけをしていた。
何だか、目の前に天国が現れたような気がして目がうるうるしてしまった。
ご本人も「冥土の土産」と言ったが、セラピストの方が「東京土産、江戸土産」と言い換えたのが印象的だった。

2つ目のセッションは、今度は全然違うもののように感じられた。
内容に触れてしまうので、大雑把に言うと、ご自身を苦しめていたご自身の持っている言葉の力が、するりと方向が内から外へと変わって、同じ言葉の力がご自身を助けるものとなったことがとても印象的だった。

3つ目のセッションは、ご本人の中から自然とご本人を助けるメタファーが現れたのにびっくりした。
同じことが、退行催眠でもできるような気がしたが、こちらが与えるメタファーではなく、ご本人の中から自然と、ふさわしいタイミングで出てきたメタファーだからこそ力があるように感じた。