無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 91〜H17 朝

泣き疲れてしまったのか、そのまま眠ってしまっていた。気がつくと、もう朝だった。台所からトントンと心地よいリズミカルな音がするようだ。炊き立てのご飯の匂いもして、わたしは次第に目を覚ました。

畳の上に置かれたちゃぶ台のうえには、焼き鮭、味噌汁、お茶碗に盛られた白いご飯、グリーンサラダ、湯呑みに入れられた緑茶がある。

わたしは目を擦りながら、言った。

「ママがこれ作ったの?」

わたしとママしかいないのだから、それ以外にはあり得ないのだが、あえてそう言いたくなった。

「ええ、そうよ」

こんな朝食らしい朝食は久しぶりだ。ママに代わって私が作る朝食は、オムレツ、トースト、野菜ジュースといったものだったし、それにあの家に住んでいる時だってこんな朝食が出てきたことは記憶の中にほとんどない。

それにしても、夕食に引き続いて朝食もママが作るなんて、ママはもうすっかりいいのだろうか?そんなに、早く心理療法の効果が出ているのだろうか?

「何だか、ずいぶん、調子がいいみたいなの」

「よかったね、ママ」

そう言いながらも、わたしは何だか寂しい気持ちがした。どうしてだろう?

「幸子、いっぱい食べてね」

「うん」

…ご飯を飲み込んだ時、急に胸の中にある黒い塊を思い出した。そうだ、ママの元気な様子にびっくりして、昨日のことを忘れていたのだった。また、涙がこぼれてきそうになったが、必死になって抑えた。

食事を終えて洗い物をしてから、部屋を出ようとした。

「行ってらっしゃい」

わたしのずっと望んでいた普通の生活。普通のママ。

うれしいやら悲しいやら、入り混じって、なんとも言えない気持ちで学校に向かった。
狭い商店街の通りを抜けていく。

古びてシャッターが下ろされた店がちらほらあったけれど、通りの真ん中に昔からあるパン屋から焼きたてのパンのいい匂いが風に運ばれてきて、鼻をくすぐる。もうお腹がいっぱいで、食欲をかき立てる匂いというのではないけれど、それでもいい匂いには変わりない。『ああ、今日も変わらず、朝から働いてパンを焼いているんだな』と思うと、胸の中のわだかまりに関わらず、世界は美しいままで、今、ここにあるという気がしてきてしまう。そうして、わたしもその世界の一部なのかもしれない。
そんなことを考えていると、うれしいままで、また悲しいままで、そのままで、足が道路を踏みしめて進んでいく、呼吸に合わせて、脈打つ心臓に合わせて、急ぐこともなく止まってしまうこともなく、少しずつでも前へ前へ、光の方へ。